阿漕(三重県津市)
難易度
所在地
三重県、津市内の地名です。阿漕駅は、JR紀勢本線の津駅の隣(4分)です。
車ですと、伊勢自動車道・津ICが最寄です。
阿漕駅到着。記念写真です。古いものの、比較的規模の大きな駅です。
駅で記念撮影。隣の駅は津駅。短い地名です。ご存知、三重県の県庁所在地です。
(左)駅前にあるアコギビル。アコギの商売は儲かりますでしょうか。
(右)少し海岸よりに行った所に、エンマ堂前、というバス停があります。
(左)阿漕塚記念館。あいていませんでした。
(右)阿漕塚。
阿漕塚のある阿漕が浦は、古くから歌枕として知られ、文芸作品の舞台であった。
「源平盛衰記」には「伊勢の国阿漕が浦に引く網も度重なれば人もこそ知れ」とあり、
和歌の世界では南北朝時代に「伊勢の国」の名所として「阿漕が浦」が定着している。
能楽では、室町時代に謡曲「阿漕」として取り上げられる。その内容は、伊勢参宮の旅の
僧が年老いた漁夫に会い、阿漕という漁夫が密漁のため沖に沈められた物語を聞くのだが、
実はこの老人こそが阿漕の亡霊であり、僧に供養と救済を頼むというものであった。
江戸時代になると、古浄瑠璃「あこぎの平次」をはじめとして浄瑠璃や歌舞伎などの題材と
して、取り上げられた。その中で様々に改変・脚色・創作された結果、親孝行の漁夫
「阿漕平治」の物語ができあがり、いつしか阿漕塚は平治の例を慰める塚といわれるように
なった。
阿漕塚が築かれた年代は明らかではないが、江戸時代初期の「勢陽雑記」
(明暦2年 1656成立)には、すでに阿漕塚の記述があり、「伊勢路見取絵図」に描かれるなど
参宮街道沿いの名所として知られていた。 [津市教育委員会:転載]
(左)阿漕浦バス停で記念撮影。
(右)阿漕浦の海です。砂浜と、マリーナが広がっています。ちょっと都会チックな海です。
津市街の都会チックな砂浜が、東京では羽田界隈の雰囲気に似ている感じです。
建物にも歴史が感じられる地域です。もう少しのんびりしたいと思いつつ駆け足の
来訪になりました。
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